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カテゴリ:旅行

  • 帰国しました
    [ 2011-03-08 07:08 ]
  • 「笑ってください」
    [ 2010-03-29 00:13 ]
  • 台湾で感じること
    [ 2010-03-22 01:37 ]
  • 白川郷・五箇山の旅
    [ 2008-11-13 00:33 ]
  • 京都帰り
    [ 2008-08-03 23:22 ]
  • 兼六園訪問
    [ 2007-11-12 00:57 ]
  • 日本文化の輸出
    [ 2007-09-11 01:32 ]
  • 人間は変わらない
    [ 2007-09-06 01:50 ]
  • 一連の旅行で心に残ったこと
    [ 2007-09-03 00:22 ]
  • 旅先で日常を見るには
    [ 2007-08-24 01:55 ]

帰国しました

 日曜に、無事アメリカより帰国しました。今回は向こうで色々な人に助けられ、また調査に関しても予想以上の成果を得ることができ、大成功の出張でした。金曜に帰国のため空港へ向けて出発する時には、正直言って、まだ帰りたくないという気持ちに襲われました。

 体の方は、1週間の滞在でようやく後半時差にも慣れてきたかと思いきや、今度は日本に帰ってきて再び時差の問題と嫌でも向き合わねばならず、まだ体がついてきてない感じです。

 途中、五大湖のいくつかの上空を飛びました。海のように広い湖ですが、それでも半分以上凍っていたのには驚きました。アメリカは本当に広く、北の方は凍えるほどに寒かったですが、南(帰国時がヒューストン経由)では半そでで過ごしている人もいるくらいで、コートを着ていると熱いくらいでした。

 色々ご紹介話がありますが、追々書かせていただきます。
by reparateur | 2011-03-08 07:08 | 旅行

「笑ってください」

 今日は越後湯沢から特急に乗る機会があったのだが、湯沢では雪が舞い、日本海側へ抜ける線路沿いは依然として深い雪に覆われていた。東京など各地で桜が咲き始めているのに、日本の気候は多様であることを改めて感じた光景だった。金沢でも、明日は雪が降るとの予想になっている。日本海側に桜前線が上昇してくるのは、当分先のようだ。

 台湾の話をもう少し書こう。台湾の人たちから日本への関心が薄れているというコメントが前回の記事に寄せられた。そういう実情も知りつつ、日本の技術が台湾でも色々と活かされていることも昨年訪れた時に知った。というのも、台北駅から南の高雄駅まで走っている高速鉄道は、日本の新幹線の技術及び規格が使われていた。車両も新幹線そっくりで、一見東海道新幹線でも乗っているのでは、と錯覚を覚えるくらいだった。また、昨年訪れた台南や高雄周辺の上下水道や鳥山頭ダム建設に金沢出身の八田与一が貢献していて、今でも彼の銅像がダムのそばに残っている。戦後、国民党が大陸からやってきた時、日本統治の痕跡を一掃するべく、多くの日本関係の建造物を壊し名称を変更したそうだが、八田の銅像は地元民たちがかくまい難を逃れたと言う。日台関係は政治上の限界があったとしても、民間レベルで過去の良い面悪い面を乗り越えて新しい時代の友好を進めていく必要があろう。

 それにしても、台北の街はとても活気がある。おびただしい数のバイクやスクーターが道路をかっ飛ばし、商店も朝から実に賑わっていた。朝ごはんをホテル近くの、地元民が多く利用する店で食べた。台湾風お好み焼きといったご飯で、目の前で次々に鉄板で焼いてくれる。店先には高校生や社会人らしい人たちが続々と列を作っていく。物価がとても安いので、日本から旅行に行くと驚くほどの値段で1日過ごせる。恐らく台湾での年収は日本と比べると安いのだろう。しかし、基本的に日本と同じような店が多く立ち並び、売られている物も豊富だ。漢字文化圏ということも、日本人にとっては馴染みやすい場所なのではないだろうか。昨年・今年と訪れる機会で、改めて台湾の魅力を肌で感じられたのが本当に良かったと思う。

 とても印象に残ったことを最後に書きたい。日本同様、台湾でも公共施設には監視カメラが何箇所にも付けられていた。日本だったら、「監視カメラ撮影中」という注意書きが書かれていることも多いだろう。面白いことに、台北で同様の注意書きを見かけたのだが、どういうわけか「撮影中です。笑ってください」と書いてあった。この注意書き、複数の場所で見かけた。中にはスマイル・マークがわざわざ添えられている所もあった。エレベーターなどの中でこう書いてあったら、思わずカメラに向かってニコッて微笑んでしまいたくなる。日本だとカメラが回っていると、何処かで見られていると思って緊張する人が多いのではないだろうか。台湾で見かけた注意書き、人々の遊び心というか、笑顔が人の犯罪心を緩める効果があるのかもしれない。
by reparateur | 2010-03-29 00:13 | 旅行

台湾で感じること

 今朝目が覚めると窓の外が赤色(息子の表現だとオレンジ色)に染まっていた。ニュースだと日本の広い範囲で黄砂が降ったようだが、金沢も例外ではない。砂で汚れた車を今日は多数見かけた。大陸からこれほど大量の砂が舞ってくるのだから、相当の量が飛んできているのだろう。自然環境の問題は海を越え国を超えた問題であることを感じる。

 先週、水曜から金曜にかけての2泊3日で、台湾に研究調査旅行に出かけてきた。昨年3月に引き続いての調査で、日本の統治下時代における台湾に関することを調べてきた。この調査研究に関してはこの場で発表する内容のものではないので詳しくは書かない。ここでは、台湾に行くことの意味について考えてみたい。なお、今年は台北の他、淡水という北部の街にも出かけて調査した。

 僕は台湾に行くのは4度目だ。初めて海外旅行をしたのが台湾だった。2度目の台湾旅行、かれこれ10年以上前の話であるが、僕は或る衝撃を受けた。それは、街の本屋に立ち寄った時のことだ。そこには、「中華民国」と書かれた地図と「台湾省」と書かれた地図の2種類が売られていた。ご承知の通り、現在の台湾は、現在大陸にある中華人民共和国(中国共産党)との争いに敗れた中華民国(国民党)が避難してきた場所であり、依然として中華民国を名乗り台湾を統治している。しかし、国際的な流れで、国連などでは大陸の中華人民共和国が正式な中国政府と承認され、世界のほとんどの国が中華民国との国交を断絶し中華人民共和国と国交を結んだ。つまり、「台湾=中華民国」ではあるが正式な国と認められておらず、大陸の中華人民共和国と対立構造にある、と考えられている。いわば国なのか地域なのか定まっていない「空白地帯」と言えよう。僕は本屋で「台湾省」と「中華民国」の2つの地図を見つけた時、両者の区別がつかなかった。つまり台湾省=中華民国という発想だったからだ。僕はどうして同じ地域のことを示した地図が別の名前で売られているのだろうと不思議に思い、中を開けてみた。その時の衝撃は忘れられない。

 どういう地図だったと言うと、「台湾省」の地図は台湾島の地図であったのだが、「中華民国」の地図はなんと大陸も含んでいたのだった。つまり、今の私たちが「中華人民共和国」と読んでいる場所(かつては「中華民国」が支配していた場所)を、現在も中華民国が支配していると想定して作られた地図なのだ。当時の国民党政府は自分たちが正式な中国政府だと主張していて、大陸を支配している政府を認めていなかったのだから、すなわち本来の中華民国が統治している地域は台湾だけでなく大陸も含んでいると考えられていたのである。それにしても、台湾人(政府)の認識と日本人である僕との認識のずれが余りに大きいことに気付いて、本当にショックだった。

 今回台北で本屋に寄ったところ、今でも「中華民国」の地図は売られていた。一方で、同じ会社から「中国」の地図も売られていた。中身を見たら、「中国」の地図は実際存在する中華人民共和国の地図だった。この両者が同時に売られている事実は、台湾の国際的な位置の複雑さを物語っている。また、中華人民共和国としても台湾は自分の領土と主張しているのだから、なおのことだ。

 しかし、台湾は一体誰のものだろうか?今では中国系の住民が圧倒的に多く、台湾の人口の98%はいわゆる漢民族だ。残りの2%は、漢民族が台湾に入ってくる以前から住んでいた原住民である。台湾は中華民国か中華人民共和国かという議論は、原住民にとってはナンセンスな話だ。更に、台湾は1895年から1945年までは日本の植民地だった。今回の調査でも、この50年もの日本統治が大きな爪痕を残していることを改めて知った。台湾の人たちが甘受してきた紆余曲折の歴史に、日本も大きく関与している。台湾という場所は日本人にとって、私たちの「当たり前」を突き崩してくれる場所であると同時に、時代に翻弄されてきた苦悩への共感を覚えさせる場所である。正に日本の隣人としての台湾を、僕はこの地を踏みしめるたびに強く感じる。
by reparateur | 2010-03-22 01:37 | 旅行

白川郷・五箇山の旅

 金沢は晴天が続いている。今日も見事な秋晴れだった。空が高く澄んできれいだな、と思っていたら、こちらに長く住んでいる上司が一言「異常気象ですよ」。
 金沢は例年なら11月に入ると晴れることなどないそうである。金沢特有のどんよりとした雲に覆われた、暗くて寒い日々が秋から春にかけての本来の姿なのだそうだ。既に、そのような天気は何度かあった。厚い雲が空を被い、太陽が恋しい空模様なのだ。よく、太平洋側出身者にとってはつらいかも、と言われている。太平洋側は冬にはカラッと晴れるのが当たり前だからだ。今日の青空は、正にそんな東京で見た冬の青空のようだった。いずれは雲に覆われた日々になるのだろうから、せめてあと数日は青空を眺めたい、と言ったらわがままであろうか。

 さて、今更8月の話を書くのもだいぶ話が古くなってしまって、気が引けるところもある。しかし、いつかは書いておこうと思った話なので、今回触れておきたい。それは、8月末に家族で出かけた白川郷・五箇山の旅についてである。
 合掌造りで有名な家屋は岐阜県白川村一体と富山県南砺市一体に広がっている。わらぶきの三角にとんがった木造家屋が数多く並び、のどかな雰囲気のある場所だ。白川郷は特に世界遺産に登録された影響でものすごい観光客がいて、人の多さは異様だった。もらったパンフレットには、白川郷のことを「日本人の心のふるさと」みたいなコピーが書かれていた。おそらく、こういう田んぼや水路があって自然豊かな牧歌的雰囲気を何処か懐かしむ人が多いのかもしれない。しかし、本来はそんな心和むようなのんびりした地域ではない。

 白川郷にある「合掌造り民家園」という、既に廃村になった集落10数家屋を移築保存した屋外博物館に寄った。そこで、30年ほど前の村の生活を撮影したビデオが放映されていた。街の中心からは隔離されて、役場までも歩いて数時間かかり、冬は豪雪で外に出られない。子どもたちは村の学校にも行くが帰ったら貴重な労働者になる。到底、楽とは言えない生活を村人たちは送っていたのだ。高度成長と共にこうした村は全国からなくなっていく。人々は都市へ、少しでも便利な生活へと流れていった。決して、今の世代が能天気に「牧歌的」と考える光景は、こうした村の生活にはなかったのだ。

 もちろん、その後は都市化、工業化の弊害が様々指摘されるようになり、こうした自給自足の生活が見直されているのも確かである。しかし、これだけ便利になった街の生活から、山村での暮らしへ生活スタイルを一変させることは容易ではないし、歴史の経緯を無視して農村生活をもてはやすのは、余りに無責任な気がする。

 書いてみて、色々書きたいことが出てきたが、既に今日は長文となっており、続きの話はまた別の機会にしたいと思う。


by reparateur | 2008-11-13 00:33 | 旅行

京都帰り

 先週末より3日間、京都での研究集会に参加してきた。京都にはかれこれ10回以上訪問しているが、今回は3年ぶりくらいだったろうか。ご多分に漏れず暑かった。地元の人に言わせれば、京都は盆地なので風が吹かない分、同じ気温でも暑く感じるのだそうだ。確かに、風はそんなに強くは吹かなかった。

 京都に久々に行ってまず感じたこと、まず、京都って都会だなぁ、ということ。
 人が多い、と感じたのだ。これは、この4ヶ月の金沢生活の影響かもしれない。東京に住んでいる頃は、人が多いなんて感じなかった。それに、店も多くて賑わっており、街自体がよく整備されているという印象だった。今晩、金沢駅に戻ってみて、今までは余り感じなかったことだが、駅が閑散としている、いや、人はいるのだが、人口密度が低いと言うか、余り密集した印象はなかった。
 一方で、人が多いのだけど、余りあくせくした印象はなかったのは不思議だ。まぁ、週末でみんなのんびり過ごしていたからなのかもしれない。それにしても、道行く人のスピードが遅く感じたのは、未だ東京のペースが身についているからなのか。

 それと、京都は歴史好きにとってはたまらない街だなぁ、ということも感じた。
 今回は基本的に集会に缶詰だったので、ゆっくり観光している時間はなかった。それでも、ちょっと休み時間とか帰りの列車の時間までの数時間に街を歩いただけでも、歴史を感じさせるものに次から次へと会う。今回最初に訪れたのは、本能寺。あの信長が光秀に謀反された歴史的場所だ。実際本能寺の変が起こった頃とは今の場所は違うそうだが、境内には信長の墓がちゃんとあった。それと、道を歩いていて出くわしたのが池田屋の跡を示す碑。新撰組が長州藩士らを襲撃した、幕末の激動期を描く上で欠かせない場所である。ここは、既に当時の建物自体はなく、ただビルの前に碑と説明の立て看板があるだけだった。
更に、坂本龍馬らが襲撃された場所にも碑が立っていた。










こちらも、幕末の歴史を語る上では欠かせない場所だ。残念ながら、こちらもビルの前にひっそりと碑が立っているだけだった。特に坂本龍馬の碑は人通りの多い目抜き通りにあるので、その前を大勢の人たちが気付くことなく通り過ぎていった。街は発展と共に姿を変え、碑でも建てないと忘れられてしまう。歴史とは、そんなものなのかもしれない。

 こんな風に街を歩いて京都駅より特急に乗って金沢に戻った。途中、列車は右に琵琶湖、左には棚田が遠くまで広がった地域を走った。琵琶湖のある滋賀県は、実は我が家のルーツでもあるのでとても親近感があったと同時に、別に芸術作品でもない日常の水田風景が実に美しく感じられた。こういう、素朴で当たり前の風景を、残しておきたいと思った。
by reparateur | 2008-08-03 23:22 | 旅行

兼六園訪問

 金曜の夕方に家を発ち、金沢に行ってきました。2泊3日ですが、移動時間を除くと正味1日半の滞在でした。慌しくて余りのんびり過ごしている余裕もなく、特に今日(日曜)は雨が降ったり止んだりだったので、屋外をゆっくり散策することができなかったのは残念でした。ご承知のとおり来年からは金沢に赴任するために時間がたっぷり出来るでしょうから、その時のお楽しみなのかもしれません。

 金沢の有名な言い伝えに「弁当忘れても傘忘れるな」というものがあります。金沢は年間を通じて雨が多く、朝晴れていても午後に雨が降ることも多いとか。だからこのような言い伝えになったようです。でも、これを聴いた1つの職場の事務員さんに「Rさんはそんなんじゃダメね。弁当忘れたら餓死しちゃうでしょ」と、チクリと言われてしまいました。なにせ、大喰らいというイメージが僕にはあるので。こういうイメージもいいのか悪いのか。

 話が脇道にそれましたが、今回は今後お世話になる先生方にお会いしたり校内の様子を見たりするのが訪問の目的で、土曜はそれだけで終わってしまったのでした。とにかく山の中の学校なので、周りには何もなく、自然環境は抜群でした。

 それで、今日の午前中に朝の散歩で名勝「兼六園」を訪問してきました。ここは金沢に来るたびに訪れている場所ですが、今回再訪して思ったのは、実に心落ち着く場所だ、ということでした。池や水路をめぐる回遊式の日本庭園で、とにかく木々と水と家屋との調和が素晴らしい。静かに時間が流れ、心安らかにして過ごすことが出来る場所です。兼六園に限らず、日本庭園は何処も素晴らしいですが、その素晴らしさを認識出来たのは高校時代に初めて兼六園を訪れて以来のことですから、ここが日本人的感覚の「美」や「静けさ」「荘厳さ」を表象しているということなのだと思います。

 園内の木々には、冬の風物詩の「雪吊り」がしてありました。今日は天気も悪くて気温も低かったこともさることながら、「雪吊り」を見ると、もう間もなく冬、といった感じでした。

by reparateur | 2007-11-12 00:57 | 旅行

日本文化の輸出

 8月に回った国々で、日本がどれだけ紹介されているのか、僕の知りえた限りの話を書いておきたい。

 まず何処の国に行ってもあったのが、日本のマンガだった。僕が入ったドイツの本屋にも、パリ市内の本屋にも、フランス語に翻訳された日本のマンガが置いてあった。僕のドイツ人の友人の話に拠れば、日本のマンガがドイツで紹介されるようになったのは90年代だそうで、ちょうど今大学に入る年頃の若者は、マンガを読んで育った世代に当たるという。日本語や日本史を勉強しに大学に入ってくる学生のほとんどがマンガを読んで興味を持ったというから、マンガの影響力は大きい。
 ドイツで入った本屋は、ケルン駅構内にある普通の本屋だった。そこに、『めぞん一刻』のドイツ語版を見た時は、不思議な気持ちだった。一方、パリには日本人が多いので、オペラ座界隈は日本人を相手にした店が多く並んでいる。ラーメン、寿司、丼、日本の食品や雑貨、日本人の経営するお土産屋、そして日本の本屋まで進出している。長男がその本屋に行きたいと言うので行ってみたところ、1階は日本から輸入した本が陳列してあり、地下1階は全てマンガコーナーだった。中には、輸入された日本語のマンガも一部置いてあったが、大半はフランス語に訳されたものだった。例を挙げれば『Naruto』『ブラックジャックによろしく』『タッチ』などなど、ジャンプやサンデーなどに連載されているマンガが多かった。僕としては、もう少し子ども向けのマンガはないのかと思って探してみたところ、『ドラえもん』フランス語版が1冊だけあったので、それをお土産に購入した。見たところ、マンガの読者層はいわゆる子どもを対象にしたものではなく、中学高校生くらいをターゲットにした感じだった。
 そのパリのお店には日本人も多いが、マンガコーナーにはちらほらフランス人の姿も見受けられる。更に、レジにいた人はフランス人だったが、日本語もペラペラだった。それこそ、マンガか何かで日本に興味を持って言葉を勉強した人なのだろう。僕は普段マンガは読まないので、最近のものは内容もよく知らない。でも、ヨーロッパでこれだけ普及しているのだから、日本文化の紹介に役立っているのだろう。

 他に日本のもので目立ったのはゲーム機。ニンテンドーDSやPSPは向こうでも売られていた。ちょうどDSのポケモン・ソフトが発売されたばかりだったようで、シャンゼリゼにあるCDショップの店頭に大きくポケモンのポスターが貼ってあった。子どもたちは大喜びだった。

 或いは、韓国でテレビを付けたら「クレヨン・シンちゃん」とか「名探偵コナン」を放送していた(当然韓国語の吹き替えで)。シンちゃんやコナンが韓国語を話しているのは妙に新鮮だったが、こうやってマンガ、アニメ、ゲームといった媒体を通して日本は世界に知られているのだな、とつくづく感じた。

 もう1つだけ書いておくが、ドイツ・デュッセルドルフの美術館では、Sugimotoという名の写真家の展覧会をしていたし、フランス南部で訪問した場所にも、或る日本人が作ったという橋が架かっていた。申し訳ないが、僕は彼らの名前を知らなかった。国際的に活躍している日本人も結構いるのだ。色々な形で、文化の交流は行われている。
by reparateur | 2007-09-11 01:32 | 旅行

人間は変わらない

 フランスでスイカを食べる機会があった。日本のようなまん丸ではなく、瓜のように楕円形をしていた。考えてみればスイカはウリ科なので、本来は細長いのが普通なのかもしれない。味は特に変わらず、甘かった。

 スイカを切ってくれている様子を見ながら、妻が僕のフランス人の友人に、「スイカは表面の黒い筋に沿って切ると、種が見えないそうですよ」と話しかけた。友人は驚いた顔をして、「その話は今僕の父としていたところです」と言う。
 と言うのも、友人と彼のお父さんは当然フランス語で会話をしていたのだが、横にいた妻も僕もその会話の内容を理解せず、聞き流していたのだ。ところが、実は、その時に、お父さんは妻が言った話と全く同じ話をしていたのだそうだ。

 余りの偶然に僕も驚いたが、例え人種が違っても、実は人間の考えることはそうは変わらないのだなぁ、と感じた。

 今回旅行をしていて、一番国際人だったのは、長女のホタルだった。旅行に出かける頃から人見知りをするようになったのだが、ドイツでもフランスでも、多くの人が可愛がってくれた。フランスでは、わざわざフランスパンを握りやすいように細く切ってくれた。それ以来、フランスパンをしゃぶるのが気に入ってしまった。やはり、何処に行っても赤ちゃんは可愛いらしい。6歳の次男も、言葉は分からないなりに、現地の子どもと一緒に走ったりはしゃいだりして遊んだ。8歳の長男は、本人の性格もあるだろうが、言葉が通じないことが気になるようで、最初はうまく溶け込めない様子も見られたが、弟夫婦のお子さんとゲームをして楽しむなど、無事溶け込めたようだ。

 異文化交流という言い方もある。人間は生きている場所や文化や言葉の違いで相手を異質な者と想定してしまうこともあるが、人間が本質的に持っている部分は大して変わらないのだと思う。
by reparateur | 2007-09-06 01:50 | 旅行

一連の旅行で心に残ったこと

 9月に入り、いよいよ2学期が始まる。東京はここ数日大分気温も下がって、夜風が涼しい時期になった。季節は着実に移り変わっているようだ。今年の8月は色々な場所を渡り歩いていて、先週中ごろからようやく家に帰って、落ち着いた生活が出来るようになった。行く先々は何処も素晴らしく、こんな場所に住んでみたいな、と思うこともしばしば。気候的にはヨーロッパの乾燥した空気が最高だった。でも、今は東京に家がある。なんだかんだ言っても、自分の最も住みなれた場所に帰ってくると、心も落ち着くようだ。

 旅行で経験したことで、まだまだ書ききれていないことが余りに多い。何処まで紹介できるだろうか。余り時間をおいてしまうと記憶も感覚も風化してしまうので、なるべく気持ちの消えないうちに書けるだけ書きたいと思う。

 8月の旅行のハイライトは、何と言っても南アルプスの山々に登ったこと。2000m級の山々に囲まれた時、僕は言葉を失った。ただただ壮大で、見渡す限りの山を見上げて、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。何と自然は大きいのだろう。そして、人間は何て小さいのだろう。午前中歩いて、僕たちは昼食のために1つの高原に留まった。僕はその場で横になって、高い空と周囲の山々を眺めた。その時、自分はその大自然と一体化していると感じた。自分も自然の一部だ。世の中で何が起ころうとも、このような場所に留まり一生を終えることが出来たら、最高の贅沢に思える。一緒に登った人も、「まるで天国のようだ」と言っていた。その言葉に強く同意する。何もかも包み込んでくれる大自然に、人は安らぎを覚える。



 長崎に行った時も、似たような感覚に襲われた。島原城は、島原の乱の起きた原城の石垣等の材料を使って作られた城だ。島原城築城のために、多くの農民たちが苦役を強いられた。それが1つの原因になって乱が起きたのだが、それだけ、藩主は自分の威光を世に知らしめるために、築城したのだった。いわば、藩主の私欲の城だったと言えよう。
 島原城見学の後、僕たちはフェリーで熊本に渡った。島原港から出航するので、雲仙の山々、眉山や平成新山を眺めることが出来た。船上でしばらく山を眺めていた後で、さて、先ほど訪れた島原城は見えるだろうかと、よく目を凝らしてみた。偶然にも後ろにいた夫婦が同じ方向に視線を向けていて、「あれが島原城じゃない?」と指差していた。僕もその女性の目線を追いかけてみると、確かに城はあった。ところが、その大きさといったら、爪ほどの大きさもなかった。その背後にそびえる眉山の方が、数百倍も大きかった。人間は、なんて小さなことで争っているのか。狭い了見言い争い、私欲を貪る。人のしていること考えていることがどれだけ些細で、取るに足らないことなのか、思い知らされた気がした。時には自然の中に身を置き、心を広くすることが大切と感じた。
by reparateur | 2007-09-03 00:22 | 旅行

旅先で日常を見るには

 ソウルでは基本的に参加者の研究発表を聴いていたので、その内容自体は専門的になるからここで紹介しても意味ないだろう。研究発表の場以外で聴いた言葉で印象的なものがあった。それは、或る韓国人先生の言葉だが、「今の韓国の若い人たちは自分に関心を集中させて、周りの人には余り目を向けない」というような内容だった。そして「日本も同じでしょ?」と続けるので、僕は「そうだ」と答えた。僕は彼の言葉を聴いて、似たような状況が日本も韓国も進行しているのだな、と感じた。

 通りすがりの旅行者には、数日の滞在でそこまで深く社会状況を汲み取ることは難しい。ただ、僕はなるべく旅行をする時には、現地の人たちの日常の様子を見るように心掛けている。そういう意味で、余り「お仕着せ」の旅行や単なる観光地巡りは好きではない。だから、出来る限り僕は旅先では自分の足で歩いて、そこに生活している人たちと接するようにしている。大きな問題になるのは言葉の問題で、特に今回ソウルを1人で歩いてみて、案外英語が通じずに会話が成り立たないケースが多かったため、もっとハングルを勉強しておけばよかった、と後悔してみたり。でも、一般人が多く集まるような場所に行くのは楽しい。今回ソウルの地下鉄に初めて乗ったが、実に色々な人がいて、面白かった。

 やはり旅先で日常生活を見るには、市民の集まる場所に行くこと、市民と接すること、ゆっくり時間を取ること、更に現地をよく知る人と一緒に行ければ、もっとその社会に生きる人たちの様子を知ることが出来るだろう。ソウルはまたゆっくり時間を取って来たい。

 もっと書きたいのですが、実はまたまた明日から出張です。もう、なんで今年はこんなに予定が詰まっているのでしょう??明日からは、長崎と熊本で調査旅行(一応、仕事です)で行ってきます。今年の夏の旅行もとりあえずこれで終わり。体調を崩さないように気を付けて、行ってきます。
by reparateur | 2007-08-24 01:55 | 旅行


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