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カテゴリ:自然

  • 緑の主張
    [ 2010-04-23 00:42 ]
  • 春の息吹
    [ 2010-04-07 00:37 ]
  • 土の気持ち、根の気持ち
    [ 2010-03-10 02:03 ]
  • 春は近くに
    [ 2010-02-25 09:26 ]
  • 雪の「奥深さ」
    [ 2010-01-16 01:30 ]
  • 山に見とれる
    [ 2009-01-29 02:18 ]

緑の主張

 桜の季節も終わり、若葉のまぶしくなる頃もなった。ところが、今年は寒い。4月も下旬に入るというのに、冬物の厚手の上着をしまわずに出してあるというのも、珍しい。金沢では雪が降るまでにはなっていないが、今日もかなり冷たい雨が朝から降っていて、肌寒い一日だった。

 しかし、着実に季節は移り変わっていることも確かだ。
 先月(3月10日付)、「土の気持ち、根の気持ち」という記事を書いて、リンゴ畑をつぶして整地し、道路と恐らく宅地用となる区画を作っている工事の様子について紹介した。僕はその工事現場の横を毎日通って通勤している。昨日の帰り道に、その現場を少し覗き込むようにして通り過ぎたのだが、目に飛び込んできた光景に僕はある種の衝撃を覚えた。土地の一部が随分と緑化していたのだ。

 それまではリンゴ畑だったのだから、草や植物が育つのは当たり前のはずだ。今回の工事は、そうした畑を道や住宅を造って埋めていく作業と言えるだろう。それが、工事している一部の土から草が芽生えてきたようだ。緑化していた部分は、明らかに意図的にはやしたり植えたりしたのではなく、自然にはえてきたものと思われる。

 つまり、緑の草木たちは、自然の力で季節の移り変わりと共に、いつもと同じように芽生えてきたのだ。人間がどんなに土地を埋め立て整備しようと、自然は遥かに力強く芽を出してくる。自然のたくましさ・力強さに、思わずニヤリとしてしまった。
by reparateur | 2010-04-23 00:42 | 自然

春の息吹

 ようやく金沢でも桜が咲いた。

 日曜に兼六園に行ったところ、6,7部咲きといったところだった。市内の山側ではようやくつぼみがほころび始めた。いよいよ金沢にも春が来た。

 同じ日曜の朝、少し時間があったので、浅野川に寄って土手にあるベンチにしばらく座ってみた。ここも桜が植えてあるのだが、まだその時は咲いていなかった。しかし、目の前を流れる浅野川は水をなみなみと湛えて流れていた。ちょうどその場所には堰があって川が一段低くなっている。その堰を水は勢いよく落ちていく。落ちる水の音がゴーゴーとただ聞こえてくる春のうららかな朝の光景だった。

 更に、川の上流の方には、遠くにまだ雪をかぶった山々が連なって見える。遥か遠くの山奥から川は僅かの湧き水として始まり、次第に多くの水を集めて海へと向かって流れていく。浅野川には、山が蓄えた雪や雨が地下水となって大量に流れ込んでいるのである。

 山は見ているだけで不思議な力を与えてくれる。何故だろうと考えてみて、僕なりの答えを見つけた。山自体が自然の大きな力、人の能力を遥かに超えた力が形作ったことを実感するからではないか。あるいは、山に広がる広大な樹木やそこに生息している生き物たち、そういった命の源を感じるからかもしれない。そこに大きな命、無数の命が存在する。そんな事実に無意識にでも気付く時、人間は癒されるのかもしれない。

 3月に東京へ行った時、初めて東京スカイツリーを見た。その巨大さに圧倒された。しかし、その建造物に対する畏敬の念は生まれなかった。何故だろう?やはり人工的な作り物は所詮「物質」に過ぎないからではないか。何かの本で、何故おもちゃの野菜は食べられないのか、という質問が載っていた。食育に関するコラムだったと思う。それに対して、おもちゃには命がないから、と筆者は答えていた。なるほど、つまり私たちが口にするものは全て命があるのだ。どんなに形を模して精密に作ろうとも、そこに命がなければ食べられないのだ。命は私たちに生きる力を与えてくれる。山には恐らくそうした命の源がギュッと凝縮されているから、山は私たちを癒してくれるのだろう。

 金沢に来て3年目の春。僕にとって故郷は東京しかない。それでも、東京には山はない。命を直接感じられる場所は東京では極めて限定的だ。東京ではじっくり味わえなかったことが、金沢では味わえている。自然がそばにあることが如何に豊かで贅沢なことなのだろう。
by reparateur | 2010-04-07 00:37 | 自然

土の気持ち、根の気持ち

 三寒四温とはよく言ったもので、2月後半に春らしい陽気になったからもう春近しかと思っていたところ、昨日から雪になった。おとといも、朝夕自転車に乗っていて耳がちぎれそうな寒さだったので、春本番にはもうひと山もふた山もあるかと思っていたのだが、まさか雪が降るとは思わなかった。ローカルニュースではおととい、金沢市内の雪吊りをはずす作業を始めたとのニュースが流れていた。既に春を迎える準備は進んでいるな、と思っていた矢先にこの雪だから、正直面食らった。もう使わないだろうと思っていた雪かき用スコップを明日朝はもう一度出さねばならない。

 職場に向かう途中に、リンゴ畑がある。畑は公道を挟んで左側に恐らくテニスコート6面くらいは取れそうなくらいの広さがあり、右側は20坪もないくらい狭い。ところが、左側の畑の3分の1がおととしの暮れに突然切り開かれてしまった。畑縮小するのか、と思っていたところ、昨年の暮れになって今度は残りの3分の2の畑にあった木を伐採し、切り開いてしまったのだ。さびしげに畑に切り株だけがしばらく残っていた光景は実にもの悲しいものだった。一体この土地はどうなるのかと思ったら、次第に重機が入り、現在はなんと道を作っている。畑をつぶして道を作り、畑の下方にある大型ショッピング施設のある地域につなごうとしているのだろうか。聞くところによると、畑をつぶした辺りは、順次宅地として整備していくのだそうだ。

 道の整備は着々と進んでいる。一方、畑のあった土地の片隅には、リンゴの木の切り株と土に張り巡らされていた根っこがむき出しになって山積みにされていた。リンゴの木はどう思っているのだろうか。リンゴはデリケートな植物なので、農薬漬けにする栽培が多い一方、近年は青森の農家で無農薬栽培も成功し、人気が出ている。金沢のリンゴがどのような栽培をしていたのか僕は知らない。しかし、土はリンゴの木を成長させる力を持っていた。つまり、土も生きている。それが、こんなに重機で荒らされて、木の根は高く積まれ、まるで自然の墓場を見るような思いで毎日通勤している。農家の事情も色々あるのだろうが、果たしてこれでよかったのだろうか。

 改めて思うのは、今私たちは当たり前のようにアスファルトの上に暮らしているが、その下には実は本来の土がある、生きた土(その中には様々な生物もいただろう)を犠牲にして私たちの暮らしは成り立っているのだ。
by reparateur | 2010-03-10 02:03 | 自然

春は近くに

 金沢も随分と春らしい陽気になってきた。先週の土曜にはまだ雪が降っていたが、日曜からは晴天が続いている。北陸の冬は突き抜ける青空が長くは続かないのが特徴だから、5日も晴天が続くようになると、季節の変化を感じる。寒さも和らいで、厚手のコートから短めのフリースを羽織って出かけても問題なくなった。

 次男が学校近くでふきのとうを見つけてきた。確実に春は近づいているようだ。2月の末でこれだけ暖かくなると、3月は一体どうなるのだろうという気もする。木々が雪の重さで折れないように縄を張った「雪吊り」は、兼六園の光景は有名だが、金沢市内至るところで目にする。一般民家でもしているし、私の職場でも、木々に雪吊りがしてある。今となっては雪もなくなり、果たして3月のいつの段階でこれをはずすのか。雪吊りをはずすことを考える時期になったのも、季節の変わり目ゆえだろう。

 職場からは、富山県方面にかけての山々が見える。ここ数日は晴天のため、まだ雪をかぶった山々が遠くまで見える。その光景は実に美しい。自然の織り成す光景に時々目を奪われ、しばし眺めている。年度末の慌しい場面から逃避するには、うってつけの光景だ。自然の移り変わりを身近に感じられる空間は、実に贅沢に思う。
by reparateur | 2010-02-25 09:26 | 自然

雪の「奥深さ」

 水曜の夕方から降り始めた雪は木曜日中降り続き、朝起きた段階で20cm以上積もっていた。一晩でこれだけの積雪があったのは、個人的には初めての経験だった。しかもその後も断続的に降り続き、山沿い地域では50cm以上、平野部でも40cm近くは積もったのではないか。

 おかげで、街の風景は一変した。雪で歩道は埋まり、車もノロノロ運転でゆっくり進んでいく。大通りの車道は融雪装置がフル稼動し、交差点は却って水浸しになっていた。乗ったバスの運転手も「道が(雪のため)でこぼこしているので揺れます」とか「この坂は途中で止まると動かなくなりますのでゆっくりでも進みます。危ないので座るか手すりにつかまってください」と乗客に注意を促していた。交通は麻痺ぎみだ。

 金曜になっても、雪は断続的に降り続き、夜になってようやく小康状態になっている。我が職場の中庭にあるベンチも、いよいよ背もたれの上の部分が僅かに見えるくらいまで雪が積もっている。こんな状況だから車を運転するのは正直怖い。雪道はとにかく滑らないように、バスのようにゆっくりと運転するしかない。それでも、学生たちは雪を案外楽しんでいるようだ。雪の生活はつらいことも多いが、雪は人を童心に返す力がある。

 この数日雪の降るのを見ていて、雪にも種類があることに気付いた。ハラハラと綿のように舞い降りる雪もあれば、雨のように小さい粒の雪が勢いよく降る雪もあった。アラスカの人たちの言葉には、雪を指す様々な表現があると聞いたことがある。生活に密着すればするほど、雪の「奥深さ」も身にしみてくると感じる今日この頃である。
by reparateur | 2010-01-16 01:30 | 自然

山に見とれる

 日付をまたいだので昨日になりますが、昨日の金沢は久々の晴天でした。ずっと曇りか雨か雪でしたので、1日全く雨や雪の心配ない日は本当に久しぶりでした。

 職場の校内を歩いていてふと外を見ると、遠くの山々がはっきり見えました。余りの美しさに、つい外へ出て、しばし見とれてしまいました。空気も澄んで、立山方面まで見えていたようです。それに、いつもより稜線がはっきりしているせいか、山がとても近くに感じられました。

 こうした大自然を身近に感じながら過ごせるのは、本当に贅沢だと感じています。不思議と、山の光景を見ていると、気持ち新たにされて、あくせくしていた心を立ち止まらせて静かにしてくれるようです。

 本当は、食育の話の続きを書きたかったのですが、今日は残念ながら遅くなってしまったので、また明日以降書きます。今日はここまで。
by reparateur | 2009-01-29 02:18 | 自然


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